2/24(水) 7:01
FRIDAY
渡部建「豊洲でバイト報道」で応援の声多数も厳しい“復帰への道”
渡部が書店でビジネス書を熟読していたのは2月上旬のこと。午前中という時間帯だっ他ので、この日も仕事終わりだったのかもしれない
先週、不倫騒動によって活動を自粛しているアンジャッシュの渡部建が、豊洲で働いているという情報が広まった。魚介類などを取り扱う大手仲卸店で、荷物の運搬や整理などの仕事をしているという。
ツイッターでも真偽不明の目撃情報が溢れかえっているが、2月22日付「スポーツニッポン」によると、市場での仕事は深夜0時すぎから翌朝までのハードワークで、残業により帰りが午後になることもあるという。妻・佐々木希の勧めもあって一般職で汗を流すことになったようだ。
『渡部の歩き方 グルメ王の休日』(Hulu)でも何度か寿司を食べに地方に出向き舌鼓を打った渡部。ラーメンやカレーなど以上に、海鮮などにこだわりを持っていた。
「妻の佐々木希さんのインスタには豊洲にある店から届いたという魚介類がたくさん並べられている写真が投稿されました。“大好きな海鮮が届き沢山いただけてとても幸せ 親に似て、子供もお魚をモリモリ食べます”と書いてあります。
渡部さんか佐々木さんがこの店と縁があったのかもしれませんね。SNSでは“見直した”“応援したい”という声も上がっています」(芸能レポーター)
確かに謹慎中とはいえ、ずっと家にいるのも不健全だろう。メンタル的にも塞ぎこんでしまう可能性もあるので、深夜に人目につきづらい場所で、大好きな魚と触れ合いながら仕事する方がいいかもしれない。
もう一つのメリットとしては、一生懸命に働くことで、世間から“反省している”と思ってもらえることが大きいだろう。
過去には薬物で逮捕された女優が謹慎中に介護の専門学校にいったり、反社に金をもらっていた芸人が、老人ホームで勉強しにいったりすることがあった。良くも悪くも、世間の許しを得るには、グルメ王と呼ばれ、女優を妻にした成功者が、汗水たらして働く姿を世間に知らしめるということは非常に効果的なのかもしれない。
一方、21日に『ワイドナショー』(フジテレビ系)に出演した相方の児嶋一哉は、松本人志から「解散しないのか?」と聞かれ、
「僕から解散するっていう気は一切ないです本当に。“こうしようよ、こうしたい”っていうのがあって、話し合ってからじゃないと。多分、今悩んでいるんだと思う」
と胸中を告白した。
女性関係にだらしなかった過去は、今更なにを言っても変えられるものではない。妻の佐々木も応援しているようなので、あとは多目的トイレなどで女性と密会したということに関して、世間からのイメージがどこまで回復するかということだ。
渡部はこれまで、複数の女性との関係が報じられたが、ある人気ライターが去年末に投稿したYouTubeの動画では、
《六本木のお店のお姉さんと飲んでいるときに、“渡部と会うバイトしていたことがあるんだけどどこか(週刊誌)に持ち込めないの?”と言われた》
と明かしている。要するに渡部は金であちこちの女性を買っており、渡部と密会することを女性の間では“バイト”と呼んでいたというのだ。そのうえで、それらの女性が週刊誌などにネタを売りたい…と言っている、という話があるようだ。
>>2続く
(出典 amd-pctr.c.yimg.jp)
https://news.yahoo.co.jp/articles/3bcdf9b345d2b15ec8cff6013e4b3a08eed15299
カテゴリ:芸能 > お笑い芸人
【芸能】ワッキー、過酷がん闘病生活を激白 首に2カ所転移「実は、早期発見ではなかった」
中咽頭がんから復帰したお笑いコンビ「ペナルティ」のワッキー(48)が、スポニチ本紙に過酷な闘病生活を激白した。「ステージ1」と公表していたが、首に2カ所転移していたことを告白。体重は10キロ弱減り、放射線化学療法も体に合わず苦しんだという。昨年4月に発覚してから約10カ月に及んだ療養を経て、現在は「体を張る仕事も大丈夫」と意欲満々。得意の新作一発ギャグを元気いっぱいに披露してくれた。
「不安でしたね。自分の復帰のメドも立たず、ましてコロナ下。戻っても仕事があるのか、家族を食わせていくことができるのか、気がおかしくなるくらい不安な日々でした」
昨年6月に中咽頭がんを公表。闘病は長期化した。「実は、早期発見ではなかったんです。中咽頭から首2カ所に転移していた」。
ワッキーのがんはウイルス性だった。ウイルス性は放射線化学療法による効果が大きいという特徴があり「放射線の効き目を考慮してステージ1と診断されたが“普通ならステージ3~4”と言われた」と話す。
2カ月の入院生活。食べ物を喉に通せないため、胃に管を通し栄養を注入する「胃ろう」を取り付けた。放射線治療も合わず、ひどい吐き気が長く続いた。その影響で「10キロ弱はやせました」。
昨年8月に退院するが「その後の方がきつかった」という。喉の痛みに苦しみ、「へんとうを腫らした時を強くした感じ」。唾液が減って口がカラカラになる症状もみられた。それらが芸人の命といえる声に影響した。「声を出しづらくなり、それは今でも少し残っています」。
それでも、入院中はコロナ禍で会えなかった家族や、相方のヒデ(49)の応援が回復の支えになった。「ヒデさんが“待ってるから。大丈夫だから”と常に言ってくれた」。14日にYouTubeで公開した復帰動画で、ヒデは再会に涙した。ワッキーは「ヒデさんは昭和な男気があり、人前で泣く人じゃないんです。もらい泣きしちゃいました」としみじみと話した。
以前を100とすれば、今は「アキラ100%ならぬ、ワッキー85%くらい」という。ただ体重もほぼ元に戻り、体を張る芸も辞さない。明石家さんま(65)司会のフジテレビ「さんまのお笑い向上委員会」は心身とも最も負担がかかるといい「あの番組だけは90%くらいになってからにしたいですが、あとは何でもこい」と復調をアピールした。
この日は「作ったばかり」というギャグを見せてくれた。「鬼滅の刃」をモチーフに大声で「森の呼吸、進、一ノ型!こんばんは、こんばんは」と刀を振るしぐさ。顔は歌手の森進一(73)を思わせる“変顔”。もう完全復活だ。
今後は「大勢のお客さんの前で、コンビで最高に面白いネタをするというのが目先の夢です」という。「闘病中に一番やりたかったこと。コロナの収束も含め、またそういう世の中になってほしい。死んではいないですが、よみがえったワッキーというのを全力で出していきたい」と意欲を燃やした。
《敬愛する志村さんの分まで》昨年3月に新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなった志村けんさんの死には「本当に無念です」と話した。「芸風もしかりですが、人生で一番影響を受けた方」といい、訃報を知った日にすぐ西武鉄道・東村山駅前の3本のケヤキ「志村けんの木」に献花に訪れた。自身のがんが見つかったのは、わずか数日後。「まさか献花の時は、自分も大きい病気をするなんて思っていなかった」。回復した今、志村さんの分まで笑いをとる。
▽中咽頭がん 鼻の奥から食道までの飲食物と空気が通る咽頭の中ほどにできるがん。自覚症状は喉のしこり、食べ物などをのみ込む際の違和感、リンパ節の腫れなどがあるが、初期段階ではいずれも気がつきにくいという。原因としては、喫煙や飲酒などが挙げられる。治療には主に外科的手術、抗がん剤などの化学療法、放射線療法があるが、発見が早かった場合には放射線治療が行われる。進行している場合には、声帯を切除しなければならないこともある。 ◆ワッキー(わっきー、本名脇田寧人=わきた・やすひと)1972年(昭47)7月5日生まれ、北海道出身の48歳。ボケ担当。市船橋高サッカー部在籍時にインターハイで全国制覇。その後専大に進学。94年、サッカー部の先輩だったヒデと「ペナルティ」結成。芝刈り機のモノマネなどでブレークした。07年に一般人女性と結婚し、2児の父。趣味は麻雀、けん玉など。身長1メートル78。血液型B。
https://news.livedoor.com/article/detail/19708323/
2021年2月17日 5時0分
スポニチアネックス
【芸能】爆問・田中裕二、搬送された病院での容態
爆問・田中裕二が脳梗塞で救急搬送 1週間の入院へ…
太田光代社長「大したことはありません」
爆笑問題の田中裕二(56)が脳梗塞で倒れ、救急搬送されたことが20日、事務所の公式サイトで発表された。
1週間程度入院予定だ。
サイトによると田中は「検査の結果、前大脳動脈解離による、くも膜下出血、脳梗塞」と診断された。
「搬送された病院での処置により、幸い大事に至る事はなく、さらなる検査の結果、今のところ手術等の必要性もなく田中裕二本人も変わりありませんので、入院期間1週間程度の診療計画となりました。しかし、動脈解離が前大脳であるために大事を取って一か月程度休養させて頂くことと致します」という。
相方太田光(55)の妻で所属事務所の光代社長(56)は「大したことはありません」と話している。
田中は昨年8月に新型コロナウイルス感染を公表。9月に復帰した。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f28b6ec590eaae36f529029c9e23503e73a26a0b
前スレ
【芸能】爆問・田中裕二、搬送された病院での処置により大事に至らず、手術の必要性もなし 太田光代社長「大したことはありません」
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1611145855/
★1 2021/01/20(水) 21:30:55.14
【芸能】「ヌーブラ・ヤッホー!」の元「モエヤン」池辺愛、都議選出馬へ
https://news.yahoo.co.jp/articles/abaa15ae10ba36aaf3dde72864a0551f18b87833
(出典 i.imgur.com)
「ヌーブラ・ヤッホー!」の元「モエヤン」池辺愛、都議選出馬へ 都民ファーストの会公認
「ヌーブラ・ヤッホー!」のギャグで人気を得た元「モエヤン」の池辺愛が18日、今夏の東京都議会議員選挙に出馬する意向を表明した。
ツイッターで、「この度、今年行われる東京都議会議員選挙(中央区)において、都民ファーストの会からの公認が決まり、発表されました」と報告。
「少子高齢化の一因でもある妊娠・出産・子育てとキャリア継続の両立の難しさを痛感し、私なりにその課題に取り組みたいと考え、政治の世界を志すことを決意致しました!」と、出馬の理由を語った。
「モエヤン」解散後、2015年に19歳年上の一般男性と結婚。17年に長女を出産し、第2子を望んだものの、2度の流産を経験した。昨年8月、39歳の高齢出産で第2子となる男児を出産し、新たな気持ちが芽生えた。
「きっかけは、キャリア継続を優先し妊娠が高齢になり、私自身2度の流産を経験したことです。あんな悲しい思いをする人は1人でも減ってほしいと心から思います。難しい問題ですが私なりに取り組んで参りたいと思っております!」と決意。
「コロナ禍でもあり大変な世の中になってしまっていますが、皆にとって少しでも明るい社会を!子ども達が希望を感じられる未来を残したいという思いです!」と力を込めた。
【芸能】オリラジ中田敦彦、「はみ出し者をつぶす日本が怖い」シンガポール移住で「子どもに英語と中国語を習わせる」
https://www.rbbtoday.com/article/2021/01/17/185537.html
オリエンタルラジオの中田敦彦が17日放送の『ボクらの時代』(フジテレビ系)に出演し、3月にシンガポールに移住することになった経緯を告白した。
昨年12月、所属していた吉本興業を相方の藤森慎吾とともに退所し、現在はYouTuberとして週2回仕事をするだけという中田。以前は東京で芸能活動を続ける以上、東京から出られないと思っていたものの、「動画はどこでも撮れる。そう思った瞬間に、コロナでリモートワークが当たり前になった」と、YouTuberへの転身で海外移住の夢が実現可能になったことを明かした。
移住先に決めたシンガポールの魅力については「国土も狭いし資源もない中で、経済とか教育に力を入れて、のぼっていった」と説明。「日本でも明治時代などは外に出て勉強して帰った。僕も外に出て勉強しなきゃと考えた」と語った。また、「日本が怖いというのもある。めちゃめちゃ、はみだすのをつぶしますからね」と、日本社会の同調圧力が苦手なことも明かした。
さらに中田は、シンガポール移住に備えて「子どもに英語と中国語を習わせようと思っている」と語った。
★1が立った日時:2021/01/17(日) 16:33:38.56
前スレ
【芸能】オリラジ中田敦彦、「はみ出し者をつぶす日本が怖い」シンガポール移住で「子どもに英語と中国語を習わせる」★5 [muffin★]
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1610894328/